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CKO西根英一の思索×考察

ヘルスケア(健康・医療・美容)をテーマに世の中の「事例/事象」を取り上げ、マーケティングコミュニケーションの視座から「戦略/戦術」に触れ、解説します。

西根 英一
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第1回:なぜピンクリボン運動は乳がん検診率を上げられないのか?

今秋も日本中がピンク色に染まりました。10月の訪れとともに、街の象徴的な建造物がピンク色に照らされ、夜を彩り、週末ともなれば、ピンク色の集団がウォーキングやランニング大会を催し、街中に溢れる。いまや、10月恒例の年中行事です。振り返れば、長いこと続いています。しかし、KGI(Key Goal Indicator)であるはずの、乳がん検診率の向上に寄与できているとは言い難いのが現状です。なぜでしょうか?

■心躍らせるピンク色の幻想

きっと、かなりの時間を費やし、相当な労力が動いたことでしょう。ピンクリボン運動は、行政機関や公共機関までもが参加する、日本一の疾患啓発イベントです。協賛の民間企業は、何のためらいもなく(わずかな見直しを試みながらも)、このために毎年予算を計上しているはずですし、患者支援団体も、毎年スケジュール帳にピンクのラインを引いているはずです。きっと、すでに来年分も。

おかげをもって、ピンクリボン運動の認知率は老若男女問わず、とても高いです。聞いたことのない人を見つけることの方が、よほど難しいでしょう。確かに、ピンクリボン運動は労力と時間を費やしただけの価値があります。

さて、この活動によって、私たちは乳がんについて何を知ることができたでしょうか。多くの人がこう答えます。「乳がんは、早期発見が大事です」。ピンクリボンの認知率同様、このメッセージの理解度もとても高いです。確かに、ピンクリボン運動はヘルスプロモーションとしても成功していると言えましょう。生活者のリテラシーアップに大きく貢献しています。

しかし、この活動のゴール(KGI; Key Goal Indicator)に設定されている乳がん検診率については、ピンクリボン運動が始まった当初から現在に至るまで、全国平均で10数%しか向上していません(もちろん、自治体によっては、そのほか多くの施策により大きな成果を収めているところもあります)。

がん検診に行かない理由について、日本対がん協会ほかでいくつもの調査が行われています。「面倒くさい」や「怖い」「忙しい」など、その他もろもろの言い訳が並びます。その調査結果を受けて、「面倒? こわい? 忙しい? 言い訳しないで検診へ」と関係者はそのままコミュニケーションに使っています。

完成度の高いピンクリボン運動ですが、私は、大変な過ちがあることに気づくのです。
ターゲット戦略、そして、コミュニケーション設計。この2つ。

■ターゲットのセグメントの間違い、ターゲティングの意味の取り違い!

ピンクリボン運動のターゲットは誰ですか? との問いに、まずこう答えられることが大切です。

乳がんが増えていることに「気づいていない」人(関心×)、気づいているけど…乳がんは早期発見が大事だということを「わかっていない」人(知識×)、わかっているのに…乳がんを気にかけた行動を「していない」人(行動×)、そして、乳がん検診に「行っていない」人(意思決定×)。つまり、Awarenessレベル ⇒ Agreementレベル ⇒ Actionレベル ⇒ Controlレベルに階層化して、“行動変容ステージ”ごとにターゲットを分類します。

決して、「アラフォー女性」というように、年代と性別という属性だけで一括りにしてしまうようなターゲット分類をしてはいけません。もしこのようなターゲット分類をしてしまったら、何ら介入支援の策もありません。アラフォー女性向けの雑誌に広告を出しましょう!みたいな提案は、旧き良きマスメディア全盛のバブルな時代の話です。

ターゲットを行動変容ステージでセグメントしたら、関心がないのなら「感情介入」、知識がないのなら「情報支援」、行動が伴わないのなら「きっかけづくり」といった具合に、介入支援の策がより具体的になります。

では、ターゲットにingがついたターゲティングとはどういう意味ですか?

おそらく、「ターゲティングとは、ターゲットを絞ること」という答えが返ってくるでしょう。私もかつて、そんなふうに教わった記憶があります。でも、これは意味を大きく取り違えています。正しくは、「ターゲティングとは、ターゲットに優先順位をつけること」という意味です。

つまり、キーメッセージが「乳がんは、早期発見が大事です」のまま変わらないというのは、ターゲットを絞り込んで固定している現れです。固定するのでなく、今年はこの層、来年はあの層といったようにターゲットを順位づけすることが大切なのです。これらを一階層ずつKPI(Key Performance Indicators, KGI到達までの複数の中間指標)として設定することによって、各階層に介入支援していくことができ、KGI(最重要指標)の早期達成を可能とします。少なくとも、これまでの施策に比べたら確実に結果が出ます。

■メッセージは本当に、恐怖訴求や脅迫でいいのか?

健康行動をとれていない人に向けて、多くのヘルスプロモーションで、「放っておいたら手遅れになる!」といったおどろおどろしいメッセージや、「つべこべ言わずに振り込め!」みたいな脅迫めいたメッセージが、実に多いことに驚かされます。

前項で示したように、できない理由は、「気づいているけどわかっていない」(ココロ○、アタマ×)か、「わかっているけどできない」(アタマ○、ココロ×)かのいずれかです。アタマが×なら、情報支援型激励訴求。ココロが×なら、感情介入型激励訴求が正解です。決して、恐怖訴求でも脅迫でもありません。

生活者ニーズから発想すれば、発見なんかしたくない乳がん。「早期発見、早期治療」は医療者ニーズの言葉であり、生活者からすれば、できれば現実から遠ざけたいものです。生活者のマインドセットが、損失を回避したい予防焦点(ネガティブな結果に敏感なので、検診に行く)であるなら「強い義務」を文脈に記述し、利得に接近したい促進焦点(ポジティブな結果に敏感なので、検診に行く)であるなら「強い理想」を文脈に記述して、情報支援ないし感情介入のいずれかによって激励訴求にて展開されることが求められます。


医療者が《正しいこと》を伝えても、生活者には伝わりません。生活者の《いいもの》となってはじめて、伝わります。

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